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運命の恋、不器用な愛 第5話
2005年 11月 15日
お読み下さる方は、恐れ入りますが↓を先にご覧の上、第1話からどうぞ。
「運命の恋、不器用な愛」をお読み下さる方へ ジョンスがバーテンダーをしていたことは、あまりに意外でユノンは驚いた。 「ジョンスさん!」 「ユノンさん。」 「え?知り合いなの?」 シナは明らかにつまらなそうな顔で訊いた。 「ええ、ちょっと・・・。」 「俺、本業が大工なんですよ。2ヶ月くらい前からユノンさん宅の増築工事に入っているので。」 「なんだ、そうなんだ。びっくりした。偶然ってすごいわね。ジョンスさんって大工さんなのー。素敵~。」 シナはジョンスの名前も知っていた。ユノンはバーテンダーらしくピシッとした服装のジョンスが新鮮でまぶしかった。手際よくオーダーのカクテルを作るさまは、不器用に字を綴るジョンスとは全然違った。大工仕事の時のたくましいジョンス、仲間たちと野球をするジョンス、汗をかきながら勉強するジョンス、自分と話して大笑いしたジョンス、そしてシェーカーを軽やかに振るジョンス・・・。ジョンスのいろんな面を見て、ユノンはどうしようもなくジョンスに惹かれている自分を抑えきれない思いがした。 シナは何かとジョンスに話しかけていたが、ジョンスはほんの一言二言答えるだけだった。ジョンスがほかの客のためにユノンたちから離れた時、シナが言った。 「ジョンスさんって無口よね。そこがまたかっこいいわよね。」 ユノンはよくしゃべるジョンスを知っていた。自分と図書館で勉強している時の熱心な様子や、昼食時に話す時には、おしゃべりというほどではないが、ユノンを楽しませるように話していたし、何より彼が笑った時の顔が忘れられなかった。だからバーでのクールなジョンスは、仕事用の顔だと分かっていた。 ジョンスが忙しそうにしていて、ユノンたちのところに来てくれない様子を見て、シナは帰ると言い出した。 「私、少し行くところがあるの。」 「今頃どこへ?」 「うん、ちょっと・・・。だから悪いけど一人で帰って?」 「いいけど。気をつけなね。深夜になるとナンパとか増えるからね。」 「うん、分かった。じゃあね。」 ユノンはシナと別れた。もう夜10時近くなっている。さっき会計をする時に聞いたら、バーは深夜1時に閉まると言っていた。ユノンはどうしても帰る気になれず、ジョンスの仕事が終わるまで外で待つことにし、母にはシナの家に泊まると電話した。近くのコンビニや、ファーストフードなどで落ち着かなく時間を潰すうちに、深夜1時近くになり、ユノンはバーの裏口付近に行って待った。こんな時間にもなると、泥酔したサラリーマンや、風俗関係の客や客引きなど、あやしげな人がちらほらいるくらいで、ユノンは不安になった。やがて裏口のドアが開いて、従業員が数人出てきた。だがジョンスの姿はなかった。まさか自分が時間を潰している間に上がってしまったのか、と心配になっていると、最後に出てきたのがジョンスだった。よれよれのTシャツとジーンズを着て、疲れた様子で鞄を肩から提げたジョンスは、ユノンを見て驚いた。 「ユノンさん、何でこんなところに。」 「あなたに会いたくて・・・。」 ユノンの瞳はジョンスをまっすぐに捉えた。ジョンスにユノンの気持ちが痛いほど伝わり、ジョンスはいたたまれない気持ちになった。ユノンの細い肩がかすかに震えていた。もう夏近いとは言え、今夜は少し涼しい。薄手のワンピース姿のユノンは、寒さと緊張で震えているようだった。だが意外にしっかりした声で、また言った。 「私、あなたのことばかり考えてしまうの・・・。」 ジョンスはユノンを抱きしめたい想いに駆られ、右手が少し上がりかけた。だが自分の気持ちのままにユノンを抱き寄せることが出来ず、歯を強く噛みしめながら手を振り落とし、ユノンから目をそらした。 ユノンは何も答えず、横を向いたジョンスに思わず抱きついた。 「好きなの。」 ユノンの細く柔らかな体がジョンスのたくましい胸に飛び込み、胸のふくらみが感じられた。ジョンスの鼻腔にはまた花の匂いがした。ジョンスは鞄を落とし、両手でユノンの肩を強くつかみ、壁際に押しつけると、ユノンの唇を奪った。ユノンの滑らかな唇をジョンスは激しく吸い、右手はユノンの胸を強く揉みしだいた。ユノンの体の芯が燃えるように熱くなり、頭の中が真っ白になった。またジョンスの汗のにおいがした。ジョンスの舌がユノンの唇を割って入り、右手はワンピースの胸元が乱れるほどに手のひら全体を強く押しつけていた。初めて襲ってきた体の奥の不思議な感覚に怖れを感じたユノンは、思わず強くジョンスを押した。ジョンスはユノンから離れた。 「あんたみたいなお嬢さんが付き合える男じゃねえんだよ、俺は!さっさと帰れ!」 ジョンスはほんの少し目を細め、横を向いて言った。ユノンははだけた胸元を直しながら、荒い息を吐いた。 その時ミギョンが走ってきた。 「ジョンス、遅くなってごめんね。・・・!」 ミギョンはジョンスとユノンを見て、声を失った。ジョンスの唇の横には、生々しく口紅の跡がついている。ユノンの唇も紅が乱れ、ユノンは胸元を強く押さえていた。 ミギョンは驚きを即座に封じ込め、ユノンを無視してジョンスの腕に自分の腕を絡ませ、さっとジョンスの唇の紅を拭いた。 「ジョンス、早く帰ろ?今日はご飯作ってあるから。」 ミギョンはジョンスを引っぱろうとしたがジョンスは動かなかった。ユノンの頬には、いつのまにか涙が伝っていた。 「帰れ。」 ジョンスは自分は動かずにユノンに言った。 ユノンの足は固められたように動かず、唇がほんの少し開いたが、言葉が出なかった。 通りの向こうからひどくよっぱらって歩いてきた3人の男の一人が、ユノンにぶつかった。 「いてえな。」 ユノンは男たちの姿が目に入らず、声も耳に入らないような風情でぼんやりとしたまま立ちつくしていた。 「おい、姉ちゃん、何とか言えよ。」 男はユノンの肩を強くつかみ、ユノンの顔を自分の方に向けた。 「何黙っているんだ。ええ?可愛い顔して人にぶつかっておいて謝りもしないのか?」 ユノンの顎を男のがさがさした手が触れた。一緒にいた二人の男は下卑た笑いをし、ユノンの周りに来た。 「べっぴんじゃねえか。こんな時間にこんなところに立っているなんて、金に困ったのか?俺たちがいいところに連れてってやるよ。」 男がユノンをどこかへ連れ去ろうとし、ユノンは初めて抵抗した。 それを見てジョンスがユノンのところに行こうとした。それをミギョンが必死に止めた。 「ジョンス、やめて。お願い、やめて!」 だがジョンスはミギョンの腕を乱暴にふりほどくと、眼鏡をはずし、ミギョンに持たせ、ユノンの肩に手を回そうとしている男の腕を払った。 「やめろ。」 「何だ、お前は。お前の女はあっちの女だろ。てめえには関係ねえよ。」 男は再びユノンの肩に手を回そうとしたが、ジョンスは押さえた。 「やめろ。」 男はジョンスを睨みつけた。 「お前は引っ込んでろ。おい、この女を押さえておけ。」 ユノンはそれを聞いて逃げようとしたが、仲間の男たちがすぐさま追いかけた。ユノンは抵抗した。だが易々とつかまえられてしまった。 「姉ちゃん、手間とらせんなよ。いいところへ行こうぜ。」 「やめて。」 ユノンは声を絞り出すように言ったが、男たちは聞く耳を持たずユノンを連れて歩き出した。ジョンスは男たちの前に立った。 「そいつを離せって言っているだろ。」 「生意気なやつだな。」 ジョンスはユノンを押さえつけている男の腕を力任せにはずした。 「イテテ!」 男はジョンスの見かけによらず力強い手に油断し、痛がった。男たちはジョンスを取り囲んだ。 「てめえが俺たちと遊んでやるってのか?ああ?」 「ああ。」 「ジョンス、やめて!」 ミギョンの叫び声が、夜の街を切り裂いた。と同時に男たちはジョンスに殴りかかった。ジョンスは殴られながら、叫んだ。 「ミギョン、ユノンさんを連れて行け!」 「ジョンス、だって・・・。」 「早くしろ!」 ジョンスは何も反撃せず、ただ殴られ、蹴られていた。酔った男たちは面白いように殴れるおもちゃを得たかのように何度もジョンスを殴った。 ミギョンはジョンスが殴られている音を聞きながら、ユノンの腕を強くひっぱり、広い通りまで走り出した。 「警察を呼ぶわ!」 「警察はダメ!警察は呼べないの。あんたみたいなお嬢さんがこんな夜にふらふらしているからこんなことになったんじゃないの。あんたがいなけりゃ、ジョンスは・・・。」 ミギョンは泣きながら叫んだ。二人は走りながら叫んだ。 「どうして!どうしてジョンスさんは殴られてばかりなの?」 「ジョンスはね、執行猶予中なんだよ。だから傷害なんて起こしたら即ムショ行きさ。」 「執行猶予!?でもジョンスさんは手を出してないわ!」 ユノンは立ち止まった。 「分かってないね、ジョンスが殴ってようが殴ってなかろうが、サツには関係ないんだよ!うちらはあんたみたいなお嬢さんとは生きる世界が違うんだよ。さっさと帰りな!」 ミギョンはユノンの頬を平手打ちした。 だがユノンの手を再びひっぱって、大通りのタクシーを止め、ユノンを乗せた。 「このまま帰るんだよ。あんたが舞い戻って何かあったら、あたしの責任になるから。分かった!?」 ユノンは頷くしかなかった。ジョンスが心配で胸が張り裂けそうだったが、ジョンスとミギョンに迷惑を掛けて、また自分が戻っても同じことが繰り返されるだけかも知れなかった。 ユノンは最後に言った。 「教えて。ジョンスさんはなんで執行猶予中なの?」 ミギョンはイライラしながら話した。 「3年前、ボクシング選手だった時、飲み屋で仲間の女がタチの悪いよっぱらいに絡まれたのを助けようとして、絡んできた男に重傷を負わせたんだよ。一緒にいたボクシング仲間は事件になるのを怖れて誰も手を出そうとしなかったのに。殴った理由が理由だから、即刑務所とはならなかったけど。」 「女って・・・。」 「私よ。分かったら帰って!」 ミギョンはタクシーのドアを思いきり閉めると、ジョンスのいる方へ戻っていった。 ユノンはその後ろ姿を見ながら、涙がとめどなくこぼれた。 「お客さん、どちらまで・・・。」 ユノンは嗚咽で運転手の声すら聞こえなかった。 ミギョンはジョンスのところに戻った。もう男たちは見えず、血を流して倒れているジョンスがいるだけだった。 「ジョンス!」 ミギョンはジョンスに抱きついた。ジョンスは腹を押さえながら、ミギョンから眼鏡をもぎとり、眼鏡を掛けて立ち上がろうとした。 「ジョンス、無理しないで。今車を。」 ミギョンの言葉も聞かず、ジョンスはふらふらと立ち上がり、一足ずつ歩き出した。 「ジョンス、帰るの?私の肩につかまって。」 ジョンスはミギョンが差し出した腕を振り払った。 「ミギョン、家に帰れ。」 「・・・ジョンス!」 ジョンスは足を引きずるようにゆっくりと歩き続けた。ただ前を見て歩いた。 「ジョンス、どこへ行くの?ジョンス!」 ミギョンが狂ったように叫んだ。 「ミギョン、悪い。帰ってくれ・・・。」 ジョンスは唇の端から流れでる血も拭かずに歩き続けた。ミギョンはその場に立ちつくした。ジョンスの肩が、ミギョンの手を拒否していた。 ユノンはタクシーで家に帰った。もう家族は皆眠っている。真っ暗で静かな家にそっと入り、誰も起こさないように気をつけて自分の部屋に入った。だが心臓は激しく打ち続け、ジョンスが殴られている姿が目に焼きつき、ジョンスが蹴られている音が耳にこびりついている。自分の不注意でジョンスをひどい目に遭わせてしまったことが何より悔しく、悲しかった。何も手につかず、眠ることなど到底出来なかった。ユノンはいたたまれない気持ちのまま部屋にいることが苦痛で、カーディガンをはおり、小さなバッグ一つを持ってまた玄関を出た。どうせ明日まで帰ってこないと言ってある。だがユノンは外に出てもうるさい深夜営業のレストランにでも行って、気を紛らわせるくらいしか思いつかなかった。 ユノンが門をそっと開き、大通りの方に歩き出した時、怪しい人影が前方から近づいてきた。ユノンは身を固くして、通りの反対側に行こうとした。だがその時ちょうど街灯の下に来たその人影を見て、ユノンは走り出した。ジョンスだった・・・。 「ジョンスさん!」 ユノンは傷だらけのジョンスがこんなところを一人で歩いていることに驚いた。 「ユノンさん・・・。」 ジョンスはユノンの姿を見ると、その場に崩れ落ちた。 「ジョンスさん!!」 ユノンはジョンスの体を支えた。広い肩がユノンの肩に乗り、ひどく重かった。ジョンスの腕を自分の肩に回し、歩道に座らせた。 「ジョンスさん・・・どうして・・・。」 「ああ・・・無事だったんだな・・・。」 ユノンは心臓を素手でつかまれたような衝撃を覚えた。傷ついたジョンスが自分の無事を確かめるためだけに自分の家に向かっていたらしいこと・・・。ユノンはジョンスを強く抱きしめていた。 「ジョンスさん、ごめんなさい。ごめんなさい。」 「・・・苦しいよ・・・。」 ジョンスは頬を歪ませ、笑っているような表情をした。 「あ、ごめんなさい。」 ユノンは離れた。ジョンスがユノンを見つめていた。 「俺の方こそ悪かった・・・。」 ユノンはカッと熱くなった。ジョンスの口づけを思い出した。 「それより手当てしないと・・・。」 「平気だ。慣れてるから。」 ジョンスはまた笑おうとした。だが口の端が切れて痛そうだった。 「私の家に入れてあげられなくてごめんなさい。ちょっと待ってて。」 ユノンが薬などを持って来ようと立ち上がった時、ユノンの右手をジョンスの左手がつかんだ。 「手当てなんかいい・・・。」 「ジョンスさん・・・。」 ジョンスはユノンの手を引き、抱き寄せた。ジョンスはユノンの髪に口づけするようにしゃべった。 「俺、どうかしてるな。さっきはひどいことしたのに・・・。」 ユノンはジョンスの息を感じ、胸の温かさに包まれた。わずかに血の匂いがした。 ジョンスの鼓動が聞こえた。 「心臓の音が聞こえる・・・。」 ユノンはジョンスの胸に抱かれた。ひどく安らげる音だった。ジョンスはユノンの髪をなでようと右手を動かした。 「うっ・・・。」 ジョンスの右腕に激痛が走った。 「ジョンスさん!」 ユノンはジョンスの腕から出て、右腕を見たが、薄暗い街灯の下ではよくわからなかった。 「ともかく病院へ行きましょう。」 「・・・それなら俺の知っているヤブ医者のところにしてくれ・・・。」 ジョンスは今頃気づいたかのように腕や腹が痛み出し、苦しそうな声を出した。 「分かったわ。」 そう言ってユノンはジョンスの左側に立ち、ジョンスの左腕を自分の肩に回して歩き出した。 (続く)
by yumi-omma
| 2005-11-15 20:50
| 小説
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