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運命の恋、不器用な愛 第1話
2005年 11月 10日
シニャンさんをイメージして書いたオリジナル小説です。
お読み下さる方は、恐れ入りますが、こちらを先にご覧下さいませ。 「運命の恋、不器用な愛」をお読み下さる方へ 「よかったわ!ユノンさんが帰ってきてくれて。うちは外国暮らしに慣れてないから、ジョンアさんみたいにイギリス人と結婚したい、と言われたらと思うとドキドキしたわ。本当に外国へ就職させるんじゃなかったと何度思ったことか!ユノンさん、お付き合いしている人いないわよね?」 「いないわよ、お母様。」 ここ数週間、母のせいでとても慌ただしくロンドンから帰国し、やっと家に着き、落ち着きたいと思ったのに、母は興奮した様子で何度もユノンに話しかけた。 ソウルの女子大を卒業後、ユノンは友人と一緒にロンドンのメーカーで1年間勤務していた。留学経験を生かしたかった、と両親を説得し、外交官であるジョンアの父の縁故によって海外で働いた日々はとても楽しかった。だが親友のジョンアがロンドンで恋をして早くも結婚退職が決まり、ユノンが一人で外国で働くことに不安を覚えた母に強く帰国をせっつかれ、一人娘のユノンは仕方なく帰国することにしたのだった。 だがロンドンでの忙しくも充実していた生活が懐かしく、ソウルの春の爽やかな風を感じても、ユノンの心は晴れなかった。 食卓についても母の興奮は続いていた。 「さ、今日はユノンさんの帰国祝いにたくさんおいしいものを用意したから食べてね。そして落ち着いたら、ユノンさんにご紹介したい人がいるの。」 「おい、母さん。それはまだ早いだろう。」 心配性の母と対照的に、おおらかで優しい父のことが、ユノンは子どもの頃から大好きだった。 「でも、いいことは早くお話ししたいの。」 母は嬉しそうに話し始めた。父は少し渋い顔をしていたが、黙っていた。 「あのね、エリ銀行の頭取様が、ぜひユノンさんに息子さんを会わせたいっておっしゃっているのよ。だからユノンさんの疲れがとれたら、お見合いしましょう。」 「お見合い!?」 「そうよ、こんないいお話なかなかないわ。忙しくなるわね。お洋服も買いに行かなくちゃ。」 母は張り切っていた。でもまさか帰国早々お見合いをセッティングされるとは・・・。ユノンは母が帰国をせっついていたわけがやっと分かった。 ユノンの父は、ノンバンク系の金融業を営んでいたが、一代での成り上がりだった。若い頃は苦労をし、母は持ち前の気丈さで支え続け、ユノンが高校生になる頃には、かなり金回りがよくなっていた。そのため、高校、大学は比較的上流階級が多い学校に進学させられ、付き合う友達もなるべくそういう家庭の子と付き合うように暗に言われていた。ジョンアはそういう意味で母のおめがねにかなったし、だからこそロンドンで就職出来たのだった。 その母が考えることといったら、次は玉の輿に決まっているのに、ユノンは忙しかったロンドンでの生活と、母と離れていたせいで、うっかりそういうことを忘れて帰国してしまった。これなら母を説得してロンドンに居続けた方が楽しかった・・・。ユノンは気持ちが暗くなった。だが、楽しそうにしている母の気持ちを壊すつもりもなかった。 「・・・それでユノンさんのご趣味は?」 「・・・え?」 ユノンは外の桜が散る様を見ているうちにロンドンでの楽しかった日々のことが思い出され、ハンガルの話していることが聞こえてなかったらしい。 「ユノンさん!」 ユノンの母がユノンの腕を少し引いた。 ユノンは慌てて前を向いた。ハンガルが微笑んでいた。 「趣味・・・ですか?」 「ええ。私は読書と映画鑑賞くらいで、あまり趣味と言えるものもないのですが・・・。」 ハンガルは今日の見合い相手だった。チェ・ハンガル、38歳。23歳のユノンから見るとおじさんだった。やや太めでにこにこと気のいい感じだが、かっこいいわけでもなく、身長も170cmあるかないかというくらい。仕事は親が頭取を務める銀行の銀行員だった。それがユノンの両親の気に入った点だった。それに彼は、一度離婚していた。元妻の浮気が原因らしく子どももいないので、ユノンの両親は気にしてないようだったが、見合い相手が離婚歴のある中年では、気持ちが高揚するはずもなかった。 穏やかに話し続ける彼には気の毒だったが、ユノンは早く家に帰りたかった。 次の日、朝起きて窓を開けると空は雲一つない青空だった。だがユノンの気持ちは沈んでいた。昨日の見合いを考えるとため息が出る。いい人そうだが、愛せそうになかった。母は望まれて嫁に行くのが女の幸せだと繰り返す。確かにあの人となら、穏やかな結婚生活が営めそうだし、結婚なんてそんなものなのかも知れないと思う。だが、ジョンアのめくるめくような恋と結婚を目の当たりにした後では、余計に彼が色褪せて見えた。 ユノンは気分転換に散歩へ行こうと玄関を出た。ややうつむき加減に歩き出すと、家の前に大きなトラックが止まっている。最近家の増築工事を始めたので、その資材を積んだ車らしい。よけるようにトラック後部へ回ろうと進んだら、突然男が現れた。 「うわっ!」 「きゃっ!」 ユノンは男にぶつかった。 男は両手でやっと抱えられるサイズのコンテナを持っていた。そのフタがユノンとぶつかった衝撃で落ちた。 「痛い!」 ユノンの足にコンテナの少し重いフタが直撃し、ユノンの白いパンプスの皮がめくれた。ユノンは痛さのあまりその場にしゃがみこんだ。 男は急いでコンテナを脇に置き、ユノンの足元に膝をついてしゃがんだ。 「大丈夫か?見せてみろ。」 ユノンをそばの縁石に座らせ、痛めた足を自分の太股に載せた。ユノンは激しい痛みのために自然に涙が流れた。だがその痛みを我慢しながら、膝丈のフレアスカートがめくれないように押さえた。 男が靴をぬがせ、指でそっと傷ついた肌のそばに触れた。ストッキングが破け、すり傷と少し赤みが見えていた。男の大きな手がユノンの素足に触れた時、ユノンはその繊細な動きに感動した。 「ゆっくり足の先を動かしてみて。」 ユノンが痛みをこらえながらゆっくりと足の指と足先を動かしてみた。痛みは続いているが、なんとか動いた。 「動いたわ。」 「折れてないな。」 ほっとした様子で男はユノンの前に背を出した。 「乗って。」 ユノンは父以外の男性におんぶされたことなどない。男の広い背中を差し出されても、背中におぶさることには抵抗があった。 「いいです・・・。」 「歩けないだろ。家の中までだから乗ってくれ。」 ユノンは確かに今すぐに歩くのは無理だった。仕方なくおずおずと男の背中におぶさった。 男はユノンをしっかりと支えると、軽々と立ち上がり、歩き出した。 ユノンは男の首もとに顔を触れないようにしていたが、男の汗のにおいが鼻腔をついた。不思議といやな匂いではなかった。まだ春だというのに、男の首もとには汗のしずくが光っていた。着ているものは薄いTシャツだった。それははじめは白いTシャツだったのかも知れないが、男の仕事のせいでかなり黒ずんでいた。汚らしいシャツの上にきれいなワンピースが触れ、男の汗がしっとりと伝わってきたのに、なぜかそれも気にならなかった。男の体は熱を帯びたように熱かった。男の肩はユノンの知る誰よりも厚く、腕の肉は堅く、二の腕は太く引き締まっていた。胸のふくらみが男の背に当たるのが気になり、少し体を浮かせようとしたが、男が歩くたびに体が揺れてぶつかってしまう。仕方なく腕を男の首に回した。柔らかな胸が男の背に押しつけられ、ユノンはドキドキした。鼓動が男に聞こえないかと気になった。もう足の痛みも消えたように感じなかった。 「悪かった。」 男はユノンを背におぶいながら謝った。 「いいえ、私も下を向いていたから。」 ユノンは小さく震える声で答えた。 「まだ痛むか。」 「よくなってきたみたい。」 「そうか・・・。よかった。」 門から玄関までの十数メートルがとても長いような気がした。 男は玄関に着くと、ユノンをおぶったまま、玄関のドアを強くたたいた。何度かたたくうちに、母がドアを開けた。 「まあ!ユノンさん、どうしたの?」 母は驚いて叫んだ。男はユノンを玄関の上がりかまちに降ろすと、母の前にまっすぐ立った。 「申し訳ありません。門の前で荷物を運んでいたところ、こちらのお嬢様とぶつかってしまい、荷物のフタがお嬢様の足に当たってしまいました。」 「足に怪我をしたの!?どこ?」 母はユノンの足を触った。 「ここ・・・。でも大丈夫。」 足はどんどん青く腫れてきていた。内出血が広がってきたらしい。 「大丈夫って、こんなに腫れて・・・。すぐに冷やさないと。」 母は大声で家政婦を呼び、ユノンの足を冷やそうとした。 その騒ぎを聞きつけた棟梁が玄関先に来た。様子を男から聞いた棟梁は男の頭を殴り、ユノンと母に対してひどく恐縮した。 「申し訳ございません、奥様、お嬢様。こいつは新人でもねえくせに、とんだことをしでかしまして。おい、ジョンス、お前きちんと謝ったのか!」 「はい。」 「はい、じゃねえだろ!全く気がきかねえ野郎でして。本当に申し訳ございません。治療代と靴代はこちらで弁償させて頂きますから。」 「それはそうね・・・。とりあえずユノンさんの治療があるから後で詳しく請求するけれど、靴だけでも30万ウォンはすると思うわ。」 「30万ウォン!?」 棟梁は驚いた。 「お母様、そんなにひどい怪我じゃないし、私の不注意なんだから、弁償なんていいわよ。」 「お嬢様。」 「そう?もう痛くないの?」 「ええ。もう痛くないわ。あと少ししたら普通に歩けると思うわ。」 「それなら・・・。棟梁さん、それからあなた、くれぐれも気をつけて下さいね。弁償はしなくていいわ。」 「申し訳ございません。ありがとうございます。」 「申し訳ございませんでした。」 ジョンスも後ろで頭を下げた。さっきは痛みで全く周りを見る余裕がなかったユノンは、今はじめてジョンスの顔をはっきりと見た。 「・・・!」 ユノンがロンドンで働いていた時に密かに憧れていた韓国人の先輩によく似ていた。だがよく見ると肉体労働者らしくロンドンの彼より体つきがしっかりしている。日焼けを繰り返しているせいか、肌の色も春なのにすでに少し黒い。ユノンは高鳴る胸を押さえるように目をそらした。 ジョンスは棟梁にこづかれながら、仕事場に戻っていった。ユノンはその広い背中を見つめていた。 ユノンの足は打撲だったが、思ったより痛めていたらしく、それから数日は少し引きずるような歩き方になっていた。ジョンスはユノンが外に出てきて玄関から門へ歩いていく様子を見るたび、痛々しく、つい気になって見てしまう。ユノンは玄関から出るといつも視線を感じていた。それがジョンスの視線だということは振り向かなくても分かっていた。彼が気にしているのが申し訳ない気がして、ユノンは元気そうに歩くように努めた。 数日後、足の状態がかなりよくなってきたユノンは、増築をしている現場に冷たいお茶を持っていった。 「棟梁さん、皆さん、お疲れ様です。お茶をどうぞ。」 「これは、これはお嬢さん。申し訳ありません。ごちそうになります。」 棟梁は礼を言いながらユノンの出したお茶を飲みにやってきた。 「おい、みんなも休め。」 4人ほどの男たちは各々礼を言いながら適当に座り、お茶を飲んだ。ジョンスは一番最後にやってきて、ユノンの差し出すお茶をぼそぼそ礼を言いながら手に取った。ユノンの手からお茶の入ったグラスを受け取る時、人差し指の指先が触れた。ユノンはジョンスの意外に太い指を見ながら、ドキリとした。 「お嬢さん、足の具合はいかがですか。」 棟梁が心配そうな顔で訊いた。 「ええ、もう大丈夫です。少し打っただけですから。」 「そうですか。本当によかった。」 棟梁は心底ほっとした表情で言った。それを聞いていたジョンスも、安心した表情をしていた。 「ところで棟梁さん、うちはいつ頃出来上がるんですか?」 「そうですね、3ヶ月くらいの予定です。ただわしらの仕事はお天道様に左右されますから、どうとも言えないんですがね。出来るまでうるさいでしょうが、ご辛抱下さい。」 「いえいえ、うちの増築なんですから楽しみですわ。皆さんこそお気をつけて下さいね。」 「ありがたいです。おい、お前ら、気をつけるんだぞ!」 棟梁がおどけて言った。男たちは笑っていた。 ユノンはそれからたびたび増築現場を見に行った。毎日のように見ていると、棟梁はとても気のいいおじさんで、みんなが信頼している様子が見えた。ジョンスはその男たちの中でひときわ目立っていた。やや寡黙な感じがしたが、時折は仲間の冗談にも笑い、棟梁の言うことをよく聞き、きびきびと動いていた。ユノンは現場を見るたびに、いつもジョンスを目で追っている自分に気がついた。ジョンスも時折ユノンを見つめていたが、自分からはあまり話しかけなかった。ユノンがジョンスのやっている作業などについて少し聞くと、必要なことだけ答えるのだった。棟梁はユノンが見ていることが嬉しいらしく、いつ行っても歓迎してくれた。 「ユノンさん、ちょっと・・・。」 夕食の片づけが終わった頃、母がユノンを呼んだ。 「ユノンさん、最近建て増しの建築現場をよく見学しているようね。」 「ええ。面白いんですもの。暇だし、滅多に見られないし。」 「それはいいのだけれど・・・。あまり入り浸っちゃダメよ。」 「お邪魔だから?」 「そうね。お仕事されているのだし。」 「分かったわ。」 母は本当はユノンが何を、誰を見つめているのか分かっていた。だがユノン自身が気づいているのか分からず、あえて口にすることを避けた。 まさか自分の娘が建設の職人などに特別な感情を抱くなんて考えたくもなかった。 「ハンガルさんがまたお会いしたいっておっしゃっているのよ。ユノンさん、お時間の都合つけてちょうだいね。大人同士だから私をいちいち通すのも、と思って今度直接電話が来るようになっているから失礼のないようにね。」 「お母様!私あまり気乗りしないのだけれど・・・。」 「何を言っているの?ハンガルさんのどこが不満なの?あんなに穏やかで優しそうな方だとは思わなかったわ。とてもいい方でしょう?」 「ええ、いい方なのだけれど・・・。」 「ともかくハンガルさんとはしばらくお付き合いしてみたら?だんだんと良さが分かるかも知れないわよ。」 「でも・・・。」 ユノンは電話で話すのさえ億劫な気がしたが、はっきりと断る理由もなく、言葉を濁した。 (続く)
by yumi-omma
| 2005-11-10 01:29
| 小説
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